マリンメタゲノムの有効利用

技術者・研究者向けの専門書籍紹介

マリンメタゲノムの有効利用

発刊日 2009年7月 ISBN 978-4-7813-0114-3
体 裁 B5判 279頁

発刊にあたって
 海洋国家日本での海のサイエンスは歴史が長い。私たちは,海を生活環境の一部としてとらえるところから有用な資源の源ととらえ利用することまで幅広く海と関わりを持ってきた。

 日本では世界に先駆け,1980年代から「マリンバイオテクノロジー」というキーワードのもと海を積極的に利用するバイオテクノロジー分野が発展してきた。物理,化学的な海洋環境の研究とともにそこに生息する生物を把握し利用するテクノロジーが産官学協力下で進められた。それから30年近くを経て,生命のサイエンスをひもとく手法は,分子生物学的技術の飛躍的な進展とともに大きく変わってきた。ゲノムサイエンスの分野では特にその発展はめざましく,ヒトゲノム配列解読が終了してからは,微生物レベルでのゲノム配列決定は今や日常的になってきている。GOLD(http://genomesonline.org/index.htm)のデーターベースを見てみると,現時点で全ゲノム配列決定が終了しているものは1017(バクテリア844,古細菌63,真核生物110),進行中のもので4914,メタゲノム167のプロジェクトが進行している。高速キャピラリーシークエンサーがゲノムサイエンスの進行を推し進めてきたが,現在はより高速な次世代シークエンサーが次々と生まれ,ゲノム情報をより大規模に短時間に得ることが可能となってきた。生命科学研究もゲノム情報を見ることからスタートするような時代となってきている。

 微生物の遺伝子資源は,環境微生物の難培養性が指摘されて以来,メタゲノムとして解析,利用のための研究が精力的に進められている。特に海洋微生物のメタゲノムは,環境保全,資源確保,産業応用という観点から大きな注目を集めている。 今回,「マリンメタゲノム」というタイトルでシーエムシー出版から本を出版することとなった。ゲノム研究が進む中,遺伝子情報の取り扱いや,国際間での遺伝子資源の取得に関しても非常に厳しくなっており,研究者も法規制を理解,遵守することが求められている。このような背景を考慮し,研究だけでなく法規制の立場もふくめ,様々な分野の先生方にお願いして執筆していただいた。

 今後,マリンメタゲノムだけでなく広くマリンゲノムの解析と利用は,生命現象解析という基礎研究だけでなく,産業応用,環境問題との関連でより注目を集めるであろう。本書はその際の一助となると期待する。

(「はじめに」より)

2009年7月
東京農工大学  松永 是
早稲田大学   竹山春子


書籍の内容

【第1編 手法の開発】
第1章 遺伝子発現に基づいたメタゲノムの解析・利用技術
1. はじめに
2. SIGEX法
3. メタトランスクリプトーム解析法
4. まとめ

第2章 マイクロ流体デバイスの深海微生物探査への応用
1. はじめに
2. マイクロ流体デバイス
3. 現場型遺伝子解析装置「IISA-Gene」
4 評価試験
  4.1 フロースルーPCRにおける流量の影響
  4.2 高圧下PCR
  4.3 バイオマーカ遺伝子増幅
  4.4 DNA抽出からPCRまで
5. 現場運用試験
6. まとめと今後の展開

第3章 メタゲノム解析におけるFunction-basedscreening法の高度化
1. はじめに
2. Function-basedscreening法
3. 機能に基づいた遺伝子集積技術
4. 宿主・ベクター系と発現効率の向上
5. スクリーニングシステムの高感度・高速化
6. おわりに

第4章 環境DNAからの機能遺伝子取得法の開発
1. はじめに
2. 環境試料から遺伝子を発掘する
3. 遺伝子探索の取っ掛かり
4. 既存法の限界
5. PAI-PCR法による遺伝子全長取得
6. 環境DNAからの遺伝子発掘の挑戦
7. 発掘の成果
8. 遺伝子の多様性解析からみえること
9. おわりに

第5章 新規酵素取得のためのメタゲノム利用技術開発
1. はじめに
2. メタゲノム手法とは?
3. メタゲノムの実験手法
  3.1 メタゲノムの抽出
  3.2 各種スクリーニング法
    3.2.1 活性に準拠したスクリーニング
    3.2.2 配列情報に準拠したスクリーニング
    3.2.3 遺伝子の発現制御に準拠したスクリーニング
4. スクリーニングの具体例
  4.1 新規芳香族分解系遺伝子の同定
  4.2 新規ブレオマイシン耐性遺伝子の同定
5. おわりに

第6章 メタゲノムから有用遺伝子のハイスループットスクリーニング―タンパク質への高速変換・機能解析システムの開発―
1. はじめに
2. 分子ディスプレイ:アーミング技術によるタンパク質機能検索のハイスループット
3. 高速で簡便な網羅的タンパク質ライブラリーの作製
4. 高速化への対応
  4.1 チップの開発展開
  4.2 スクリーニングの高速自動化
5. おわりに

【第2編 メタゲノム利用技術】
第7章 海洋無脊椎動物バクテリアのメタゲノム解析とその応用
1. はじめに
2. メタゲノム研究
3. 海洋無脊椎動物共生・共在バクテリアへのメタゲノムアプローチ
  3.1 カイメン共在バクテリアのメタゲノム解析
  3.2 カイメン共在バクテリアのメタゲノムからスクリーニングされたエステラーゼの解析
  3.3 サンゴ共在バクテリアのメタゲノム解析
4. おわりに

第8章 磁性細菌のゲノム情報に基づいた機能性ナノ磁性材料の開発
1. はじめに
2. 磁性細菌の多様性
3. 磁性細菌の全ゲノム解析
4. バイオナノ磁性粒子合成関連遺伝子群の単離と解析
5. 遺伝子情報を利用した機能性材料の開発
  5.1 遺伝子情報を利用した機能性バイオナノ磁性粒子
    5.1.1 機能性バイオナノ磁性粒子の細胞回収への応用
    5.1.2 細胞内酵素を利用したバイオナノ磁性粒子上へのストレプトアビジン標識法の開発
    5.1.3 機能性ナノ磁性粒子を用いた全自動化システムの開発
  5.2 遺伝子情報を利用した機能性磁性細菌
6. バイオナノ磁性粒子合成関連タンパク質を利用したinvitro磁性粒子形態制御法の開発
7. おわりに

第9章 極限環境微生物のゲノム解析からメタゲノム解析
1. はじめに
2. 極限環境微生物のゲノム解析 
  2.1 アルカリ性環境に適応した微生物ゲノム解析
  2.2 高塩濃度に適応した微生物のゲノム解析
  2.3 高温に適応した微生物のゲノム
  2.4 高水圧に適応した微生物のゲノム
3. 極限環境をまるごと知るには
  3.1 メタゲノム解析とは
  3.2 メタゲノム解析の実際

第10章 海洋遺伝子資源からのP450遺伝子の単離と解析
1. はじめに
2. P450遺伝子の大腸菌用機能発現ベクター
3. CYP153遺伝子を用いた2種類の機能発現ベクターの比較
  3.1 実験材料及び方法
    3.1.1 使用したプラスミド及び組換え大腸菌の培養
    3.1.2 CO差スペクトル分析
    3.1.3 組換え大腸菌によるn-オクタン,シクロヘキサン,n-ブチルベンゼン,2-n-ブチルベンゾフランのバイオコンバージョン
    3.1.4 GC-MS及びHPLC分析
    3.1.5 変換産物の同定
  3.2 実験結果
    3.2.1 各種変換産物の同定
    3.2.2 組換え大腸菌によるn-オクタンのバイオコンバージョン
    3.2.3 組換え大腸菌によるシクロヘキサンのバイオコンバージョン
    3.2.4 組換え大腸菌によるn-ブチルベンゼンのバイオコンバージョン
    3.2.5 組換え大腸菌による2-n-ブチルベンゾフランのバイオコンバージョン
  3.3 考察
4. カセットPCR法によるメタゲノム由来のP450遺伝子の単離と機能解析
  4.1 実験材料及び方法
    4.1.1 プライマーの設計
    4.1.2 環境由来DNAの調製
    4.1.3 カセットPCR
    4.1.4 ハイブリッドP450とP450RhF還元酵素ドメインとの人工融合酵素
    4.1.5 組換え大腸菌による各種基質のバイオコンバージョン
  4.2 実験結果及び考察
    4.2.1 各種環境由来メタゲノムから新規P450遺伝子断片の単離
    4.2.2 取得したP450遺伝子断片の構造とハイブリッドP450遺伝子の発現
    4.2.3 ハイブリッドP450遺伝子を発現した大腸菌によるバイオコンバージョン
    4.2.4 アルカン,アルケン,シクロアルカンのバイオコンバージョン効率の比較
    4.2.5 アルキル基またはアルケニル基を有するフェニル化合物のバイオコンバージョン効率の比較
  4.3 結論

第11章 マリンメタゲノムライブラリーからの微量元素濃縮関連遺伝子のスクリーニングとその応用
1. 概要
2. はじめに
3. スクリーニングの要件と微量元素の検出
4. 放射性同位元素を用いた微量元素濃縮能保有細胞のスクリーニング法の開発
5. スクリーニングの実際
  5.1 目的元素
  5.2 細胞培養
  5.3 スクリーニングの概要
  5.4 一次スクリーニング
  5.5 二次スクリーニング
  5.6 三次スクリーニング
  5.7 取り込まれたカドミウムの細胞内局在
  5.8 課題と応用
6. 考察
7. おわりに

第12章 環境ナノ微生物へのメタゲノム応用
1. はじめに
2. ナノ微生物の研究小史
  2.1 微生物生態学におけるナノ微生物の研究
  2.2 地質学分野におけるナノ微生物の研究
  2.3 医学分野における自律増殖性微粒子の研究
3. ナノ微生物から最小ゲノムへ
4. ナノ微生物研究へのメタゲノム応用例
  4.1 深部地下生物圏のナノ微生物
  4.2 深海熱水噴出のナノ微生物

第13章 カイメン共在細菌メタゲノム中の環境汚染物質分解酵素遺伝子相同配列の解析
1. はじめに
2. 培養非依存的手法による環境汚染物質分解酵素遺伝子の取得
  2.1 メタゲノムからの特定の機能遺伝子の取得法
  2.2 機能ベースの方法による環境汚染物質分解酵素遺伝子の取得
  2.3 シークエンスベースの方法による環境汚染物質分解酵素遺伝子の取得
3. カイメン共在細菌メタゲノム中に存在する環境汚染物質分解酵素遺伝子
  3.1 多環芳香族分解酵素遺伝子相同配列
  3.2 脱ハロゲン酵素遺伝子相同配列
4. おわりに

第14章 ヒト腸内細菌叢研究とメタゲノム解析
1. はじめに
2. メタゲノム解析
3. ヒト腸内細菌叢の菌種組成
4. ヒト腸内細菌叢のメタゲノム解析
5. 疾患関連の腸内細菌叢メタゲノム解析
6. 常在菌ゲノムの特徴
7. 国際ヒトマイクロバイオーム計画と将来展望

第15章 2次代謝産物生産微生物としての放線菌ゲノムの特徴
1. はじめに
2. 放線菌の分類学的位置関係―Actinobacteria網の微生物
3. “放線菌”のゲノム
4. Streptomyces属のゲノム構造および特徴
5. 2次代謝産物生合成遺伝子群

【第3編 バイオインフォマティクス
第16章 メタゲノムデータベースの構築
1. はじめに
2. メタゲノム解析のためのバイオインフォマティクス
  2.1 メタゲノム解析から生産される塩基配列バイオインフォマティクス解析
    2.1.1 アセンブル
    2.1.2 遺伝子領域予測
    2.1.3 ORFの機能予測
    2.1.4 機能ドメイン解析
    2.1.5 その他の解析
  2.2 メタゲノムDNAデータベースXanaMetaDBの開発
3. おわりに

第17章 環境由来大量DNA配列を利用した難培養性微生物群の系統推定のための新規情報学手法
1. はじめに
2. 一括学習型自己組織化地図法(BLSOM)による生物種に固有なゲノム配列の特徴の抽出
3. BLSOMを用いた環境由来DNA配列に対する系統推定と微生物群集比較
4. 大量な環境由来ゲノム断片配列の同じ由来と考えられる生物種ごとへの再構成
5. メタゲノム配列群からの有用遺伝子探索―持続可能型社会への貢献遺伝子データベースの構築を通じて―
6. 一括学習型の自己組織化マップ法(BLSOM)の概要
7. おわりに

【第4編 政治・法規関連】
第18章 遺伝子組換え生物等の規制とメタゲノム研究
1. 遺伝子組換え実験とカルタヘナ法制定の経緯
2. カルタヘナ法の構成
3. 遺伝子組換え体の定義
4. 第一種使用と第二種使用
5. 情報提供の義務
6. 遺伝子組換え実験の区分
7. 物理的封じ込めと生物学的封じ込め
8. 物理的封じ込め<拡散防止措置>
9. 生物学的封じ込め
10. 機関承認実験と大臣確認実験
11. 微生物の実験分類
12. 拡散防止措置の決め方
13. メタゲノム研究の拡散防止措置

第19章 海外の生物遺伝資源の利用に関する規制について―生物多様性条約の視点から―
1. はじめに
2. 海外の生物遺伝資源の利用に関する規制について
  2.1 生物多様性条約(CBD)
  2.2 ボン・ガイドライン
  2.3 各国の国内法
  2.4 現在,国際交渉中の「国際的制度」
3. 海外の生物遺伝資源へのアクセスのための我が国の公的サービス
  3.1 「遺伝資源へのアクセス手引」の作成と普及
  3.2 専用ウェブサイトによる情報提供
  3.3 相談窓口
  3.4 資源国との2国間セミナー
4. おわりに

第20章 メタゲノムの産業利用への展開―バイオプロセスから見たメタゲノムの魅力―
1. はじめに
2. メタゲノムからの新規酵素遺伝子の取得
  2.1 メタゲノムスクリーニング法
  2.2 メタゲノムの抽出
    2.2.1 環境サンプル中の特定微生物叢の濃縮
    2.2.2 特殊環境からのサンプル
  2.3 メタゲノムから取得されてきた酵素遺伝子
  2.4 invitro突然変異法との組合せによる高性能酵素の創製
3. バイオプロセスに有用な酵素の取得のために
  3.1 スクリーニングの現状
    3.1.1 生育の有無によるスクリーニング
    3.1.2 呈色反応によるスクリーニング
    3.1.3 蛍光基質によるスクリーニング
  3.2 Fluorescence-activatedcellsorting(FACS)によるハイスループット
  3.3 新しいスクリーニング法
4. 今後の展望