スピントロニクスの基礎と材料・応用技術の最前線

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スピントロニクスの基礎と材料・応用技術の最前線

発刊日 2009年6月 ISBN978-4-7813-0105-1 C3054
体 裁 B5判,421頁

刊行にあたって
 スピントロニクス(あるいはスピンエレクトロニクス)と呼ばれているものは,エレクトロニクスとマグネティクスという別々に歩んできた2つの分野の融合である。また,スピントロニクスは,現在のナノテクノロジーの発展と密接不可分の関係にある。なぜナノテクノロジーか。それは,物質・材料がナノスケール化すると,電荷の輸送(電気伝導)と磁気モーメントの挙動(磁気特性)が強く関係するようになり,一方によって一方が制御できるようになる。その代表的な例が,1988年にFertおよびGrunbergによって独立に発見された巨大磁気抵抗効果であり,人工格子と呼ばれるナノスケールで制御された複合構造において,電気伝導を磁化配置によって制御できることが実証された。また,後になって,それとは逆に,電流によって磁化配置を制御できることも実証された(スピン注入磁化反転)。このように,ナノスケールで制御された物質・材料を用い,磁気特性と他の物理特性(電気伝導や光学特性など)との相関,言い換えれば相互に制御できることを利用して創成される新しいエレクトロニクス,それがスピントロニクスである。
 スピントロニクスがカバーする領域は,スピン依存伝導やスピン注入といった基礎的な物理現象から,再生ヘッドや磁気メモリ,スピントランジスタなどへのデバイス応用まで幅広い。また,対象となる物質・材料も,金属,半導体,絶縁体と多岐に渡る。この膨大なスピントロニクスを一冊に凝縮し,読めば研究・開発の基礎と現状を総合的に俯瞰できる,というような本があればきわめて有用であり,本書の趣旨はまさにそこにある。
 本書の前身は,2004年に猪俣浩一郎博士(当時東北大学教授,現在物質・材料研究機構)の監修のもとで刊行された「スピンエレクトロニクスの基礎と最前線」である。この本は,日本におけるスピントロニクスの最初の総合的成書として,大きな役割を果たした。しかし,スピントロニクスの研究・開発は日進月歩で変化しており,刊行から5年を経過した今,古くなってしまった内容も少なくない。そこで改訂版の話が持ち上がり,刊行されたのが本書である。本書では,基本的には旧版における各章の執筆者を可能な限り残し,各章の執筆者がその内容を改訂するという方針を取ったが,この5年間に新しく発展した研究(例えばスピンホール効果や分子スピントロニクスなど)も大幅に取り入れ,新しい執筆者に依頼して章を増やした。それに合わせて,全体構成も多少の変更を行った。さいわい2007年度から文部科学省科学研究費特定領域「スピン流の創出と制御」が設定され,執筆者の多くが特定領域に関係しているので,相互に連携を取りながら,非常にスムーズに執筆・編集活動が進められたと思う。本書が,旧版同様,スピントロニクス分野で大きな役割を果たすことを願っている。

(「はじめに」より抜粋)

2009年6月吉日  東北大学 金属材料研究所 高梨弘毅


書籍の内容
<基礎・物性編>
第1章 巨大磁気抵抗効果

(高梨弘毅)

1. はじめに
2. 強磁性体の一般的な磁気抵抗効果
3. 巨大磁気抵抗効果(GMR)という現象
4. GMRのメカニズム
5. 層間交換結合とGMRの振動現象
6. GMRの応用とスピンバルブ
7. CIP-GMRとCPP-GMR
8. グラニュラー系のGMR

第2章 トンネル磁気抵抗効果
(大兼幹彦,宮崎照宣)

1. はじめに
2. Al-O障壁を用いたトンネル接合 
  2.1 TMR比の障壁高さ依存性
  2.2 TMR,AMR,PHEの比較
3. MgO障壁を用いたトンネル接合
4. ハーフメタルを用いたトンネル接合
5. その他のトンネル接合
  5.1 磁性半導体のトンネル磁気抵抗効果
  5.2 グラニュラー構造物質の巨大磁気抵抗効果
  5.3 有機分子-強磁性体ハイブリッドトンネル接合

第3章 スピン注入・蓄積効果
(高橋三郎,前川禎通)

1. はじめに
2. スピン注入・検出素子
3. スピン伝導
4. スピン蓄積
5. スピン流
6. スピンホール効果
7. おわりに

第4章 スピン注入磁化反転と自励発振
(鈴木義茂,久保田均)

1. スピントルク
  1.1 スピントルクの理論
  1.2 スピントルクの観測
2. 注入磁化反転の機構
  2.1 スピン注入磁化反転の機構
  2.2 微細素子の作製
  2.3 測定方法
  2.4 実験結果
3. 自励発振
  3.1 自励発振の機構
  3.2 自励発振の実際
4. おわりに

第5章 スピンポンピングと磁化ダイナミクス
(安藤康夫)

1. はじめに
2. スピンポンピングとは
  2.1 スピンポンピング現象の観測に至るまで
  2.2 スピンポンピング現象の理論
3. スピンポンピングとGilbert damping定数
  3.1 FM/NM接合におけるGilbert damping定数
  3.2 FM/NM1/NM2接合におけるGilbert damping定数
  3.3 FM/NM1/NM2接合のスピンポンピングを用いたスピン拡散長測定
  3.4 FM1/NM/FM2接合構造におけるdynamic exchangeとGilbert damping
4. スピントロニクスバイスとスピンポンピング
  4.1 GMR積層構造におけるGilbert dampingの影響
  4.2 ノイズとスピンポンピング
  4.3 強磁性金属の横スピン侵入長
5. スピン流源としてのスピンポンピングの新たな展開
  5.1 スピンポンピングを用いたDCスピン流の生成とスピンバイアス
  5.2 FM/I/NMトンネル接合を用いたスピンバイアスの検出
  5.3 純スピン流を用いたスピンホール効果
6. おわりに

第6章 磁壁制御とスピントロニクス
(小野輝男)

1. 磁壁とは
2. 磁場駆動から電流駆動へ
3. スピントランスファー効果による磁壁の電流駆動とは
4. 強磁性細線における磁壁の電流駆動
5. スピントロニクスバイスへの応用

第7章 スピン依存単一電子トンネル現象
(三谷誠司,高梨弘毅)

1. はじめに
2. ナノ粒子を含む多重トンネル接合の作製
3. 強磁性ナノ粒子におけるスピン依存単一電子トンネル効果
4. 非磁性ナノ粒子におけるスピン蓄積と単一電子トンネル効果
5. 今後の課題と展望

第8章 強磁性半導体におけるスピン依存伝導現象
(松倉文藎)

1. はじめに
2. 分子線エピタキシ
3. 磁気的性質
4. 伝導現象
  4.1 磁気抵抗効果
  4.2 ホール効果
  4.3 異方性磁気抵抗効果
5. 磁壁と伝導
6. 磁性の電界制御
7. おわりに

第9章 2次元半導体のスピン軌道相互作用と量子伝導
(井上順一郎,大成誠一郎)

1. はじめに
2. スピン軌道相互作用
  2.1 原子内スピン軌道相互作用
  2.2 半導体中のスピン軌道相互作用
  2.3 グラフェンにおけるスピン軌道相互作用
3. 2次元系における量子物性
  3.1 2次元電子ガスにおける電気伝導
  3.2 2次元電子ガスにおけるスピン蓄積
  3.3 グラフェンにおけるスピンホール効果
4. おわりに

第10章 磁性半導体における光誘起磁化
(宗片比呂夫)

1. はじめに
2. 時間分解磁気光学測定法
3. 光励起による磁化の才差運動
4. 2つの励起光パルスによる磁化才差運動のコヒーレント制御
5. 強励起光による超高速消磁
6. おわりに

第11章 磁性金属における高速磁化応答と光誘起磁化反転
(塚本新)

1. はじめに
2. フェリ磁性GdFeCoの高速磁化応答計測
  2.1 フェリ磁性体における共鳴モードと角運動量補償点
  2.2 超高速磁化応答計測法
  2.3 フェリ磁性GdFeCoの動特性計測
  2.4 角運動量補償点近傍での磁化ダイナミクス
3. 光誘起高速磁化反転
  3.1 非熱的光磁気効果
  3.2 GdFeCo薄膜の非熱的光磁気作用の計測
  3.3 全光型磁化反転
4. まとめと今後の展望

第12章 半導体中の核スピン制御と光検出
(大野裕三)

1. はじめに
2. 半導体量子井戸における光学遷移の選択則と電子・核スピン間相互作用
3. 核スピンコヒーレンスの光検出
4. 核スピン位相制御と量子ゲート操作の光検出
5. おわりに

第13章 スピンホール効果の理論
(村上修一)

1. はじめに
2. 内因性スピンホール効果
3. スピンホール効果の計算
  3.1 波数空間のベリー位相による計算
  3.2 線形応答理論による計算
  3.3 有限系での計算
  3.4 補遺
4. 内因性と外因性との区別
5. 量子スピンホール効果
6. おわりに

第14章 スピンホール効果―金属ナノ構造を中心に―
(大谷義近,木村崇)

1. はじめに
2. スピン蓄積の電気的検出とスピン吸収
3. スピン吸収によるスピンホール効果の電気的検出
4. おわりに

<物質・材料編>
第15章 高効率スピン源の理論設計

(白井正文)

1. はじめに
2. ハーフメタル磁気トンネル接合
  2.1 現状と問題点
  2.2 スピン軌道相互作用の影響
  2.3 原子配列不規則化の影響
  2.4 スピンの熱ゆらぎと電子相関の影響
3. 高効率スピン源の理論設計
  3.1 ハーフメタル/酸化物接合
  3.2 ハーフメタル/半導体接合
4. 今後の展望

第16章 ハーフメタル薄膜とトンネル磁気抵抗効果
(猪俣浩一郎,介川裕章)

1. はじめに
2. フルホイスラー合金の物理的性質と初期の研究 
3. Co2MnSi膜の構造とトンネル磁気抵抗
4. Co2Fe(Al,Si)膜の構造とトンネル磁気抵抗
  4.1 Crバッファー
  4.2 MgOバッファー 
5. その他のCo基ホイスラー合金
6. おわりに

第17章 結晶MgOトンネル障壁の巨大なトンネル磁気抵抗効果
(湯浅新治)

1. TMR効果の歴史と背景
2. 結晶MgO(001)トンネル障壁のTMR効果の理論
3. 結晶MgO(001)障壁の作製と巨大TMR効果の実現
4. デバイス応用に適したCoFeB/MgO/CoFeB構造のMTJ素子の開発
5. MgO-MTJ素子のデバイス応用

第18章 磁性絶縁体とスピンフィルター接合
(長浜太郎,柳原英人)

1. はじめに
2. 原理
  2.1 材料:ユーロピウムカルコゲナイト
  2.2 遷移金属酸化物
3. 今後のスピントロニクスバイスへの発展

第19章 L10型規則合金垂直磁化膜とスピントロニクス
(関剛斎,高梨弘毅)

1. はじめに
2. L10型FePt規則合金薄膜
3. FePt垂直スピン注入源を用いたスピン注入磁化反転
4. FePt垂直スピン注入源を用いたスピンホール効果
5. 今後の課題

第20章 ナノ狭窄構造スピンバルブ薄膜素子におけるスピン依存伝導とスピンダイナミクス
(佐橋政司,土井正晶,三宅耕作)

1. はじめに
  1.1 面内通電型(Current-In-Plane:CIP)巨大磁気抵抗(GMR)膜における電子の鏡面反射層
  1.2 NOLを電流狭窄(CCP)層に用いた垂直通電型(Current-Perpendicular-to-Plane:CPP)-GMR
  1.3 NOL中に強磁性ナノ接点(Nano Contact(NC))を形成したナノ接点磁壁型MR(DWMR)
  1.4 DWMR素子を用いたコヒーレント位相スピントランスファーナノオシレータ(STNO)
  1.5 電気磁気効果を有する反強磁性体NOLによる交換結合バイアスを利用した磁化の操作
2. 電流狭窄型CPP-GMR
3. ナノ接点磁壁型MR(DWMR)
4. DWMR素子を用いたスピントルクナノオシレータ(STNO)
5. おわりに

第21章 強磁性半導体へテロ構造―スピン依存トンネル現象を中心に―
(田中雅明)

1. はじめに
2. GaMnAs強磁性半導体へテロ構造
  2.1 GaMnAs量子井戸二重障壁へテロ構造の作製
  2.2 スピン依存トンネル伝導特性
  2.3 GaMnAs量子井戸における量子準位の定量的考察
  2.4 まとめ
3. MnAs微粒子を含むIII-V族へテロ構造
  3.1 GaAs:MnAsを有する強磁性金属/半導体ハイブリッド・エピタキシャルMTJ素子の作製
  3.2 MnAs/半導体/GaAs:MnAs MTJ素子におけるTMR
  3.3 TMRのAlAs障壁膜厚依存性
  3.4 まとめ

第22章 強磁性半導体
(安藤功兒)

1. 磁性半導体開発の歴史
2. 磁性半導体の本質はスピン-キャリア相互作用 
3. s,p-d交換相互作用の検出方法
4. 各種“強磁性半導体”におけるスピン-キャリア相互作用
5. 室温強磁性半導体を求めて

第23章 分子スピントロニクス
(白石誠司)

1. 分子スピントロニクスとは
2. 分子スピントロニクスの課題とその解決への道I(分子ナノコンポジットの導入)
3. グラフェンとは
4. 分子スピントロニクスの課題とその解決への道II(グラフェンスピントロニクス

第24章 スピントロニクス材料と微細構造制御
(高橋有紀子,宝野和博)

1. はじめに 
2. スピントロニクスバイスの微細構造の解析手法
3. CCP-CPP-GMR素子の高分解能電子顕微鏡による微細構造解析
4. Co2MnSiを用いた強磁性トンネル接合のHAADFによる微細構造解析
5. Co2Cr1-xFexAlのTEMと3DAPによる微細構造解析 
6. おわりに

第25章 放射光を用いたスピントロニクス材料の電子状態評価
(藤森淳)

1. はじめに
2. 光電子分光
  2.1 価電子帯の光電子分光
  2.2 スピン偏極光電子分光
  2.3 内殻光電子分光
3. X線吸収分光・磁気二色性
  3.1 電子状態の同定
3.2 強磁性成分と常磁性成分の分離

<応用・デバイス編>
第26章 スピントロニクスにおける微細加工技術

(秋永広幸)

1. はじめに
2. 微細加工技術の概要
3. リソグラフィ技術
4. 成膜技術
5. エッチング技術
  5.1 反応性イオンエッチング
  5.2 選択エッチング
6. おわりに

第27章 スピン機能CMOSによる不揮発性高機能・高性能ロジック
山本修一郎, 周藤悠介, 菅原聡)

1. はじめに
2. パワーゲーティングシステムと不揮発性ロジック
3. スピン注入磁化反転MTJを用いた不揮発性SRAM
4. 擬似スピンMOSFETを用いた不揮発性ロジック
5. おわりに

第28章 電界スピン回転制御とスピンFET
(新田淳作)

1. はじめに
2. 半導体中のスピン軌道相互作用
3. スピン軌道相互作用を用いたデバイス応用
  3.1 電界効果スピントランジスタ
  3.2 スピン干渉デバイス
  3.3 スピンフィルター
4. おわりに

第29章 磁気ヘッドへの応用
(上原裕二,小林和雄)

1. はじめに
2. 磁気ヘッド概観
3. 磁気ヘッド技術
  3.1 各種の絶縁層材料によるTMRヘッドの磁気抵抗特性
   3.1.1 低抵抗Al-OバリアMTJの特性
   3.1.2 Ti-OバリアMTJの特性
   3.1.3 MgOバリアMTJの特性
  3.2 TMRヘッドの実用化
  3.3 TMRヘッドの信頼性
   3.3.1 TMR膜のピンホール数密度
   3.3.2 TMR膜の寿命
4. おわりに

第30章 MRAMからスピンRAMへ
(與田博明)

1. はじめに
2. 動作原理
  2.1 記憶保持原理
  2.2 書き込み原理
  2.3 読み出し原理
3. 磁界書き込みMRAM
  3.1 誤書き込み防止技術(Disturb Robust技術)
4. スピン注入MRAM
5. スケーラビリティー
6. おわりに

第31章 Racetrack Memory
(林将光,Stuart S.P.Parkin)

1. 序論
2. 電流駆動による磁壁の移動
3. Racetrack memoryの動作原理
4. ピン止めした磁壁の移動制御
5. シフトレジスタの動作実証実験
6. 今後の展望

第32章 スピントロニクス素子のシステムLSIへの応用とその課題
(齋藤好昭)

1. はじめに
2. システムLSIの課題と再構成可能ロジックデバイス
3. 再構成可能ロジックデバイスの現状と将来
4. スピンFPGA回路構成
5. MR比スペックとスピンMOSFET構造
6. 半導体を介したスピン依存伝導の現状と課題
7. おわりに

第33章 光スピントロニクスバイス―集積光非相反デバイス
清水大雅)

1. はじめに
2. 半導体強磁性金属ハイブリッド光アイソレータの動作原理
  2.1 ファラデー効果を利用したバルク型光アイソレータの動作原理
  2.2 CdMnTe導波路光アイソレータ
  2.3 非相反損失変化に基づく半導体導波路光アイソレータ
  2.4 非相反位相変化に基づく導波路光アイソレータ
3. 半導体強磁性金属ハイブリッド光アイソレータの実証
  3.1 TEモード導波路光アイソレータ
  3.2 単一波長半導体レーザとの一体集積化
  3.3 エピタキシャル強磁性金属MnAs,MnSbを用いたハイブリッド光アイソレータ
4. バルク型光アイソレータと半導体導波路光アイソレータの比較,課題,応用可能性
5. おわりに

第34章 量子コンピュータスピントロニクス
(伊藤公平)

1. 量子コンピュータの基礎と性能指標
2. 量子コンピュータ開発最前線
3. シリコン量子コンピュータ
  3.1 ケーン型シリコン量子コンピュータ
  3.2 全シリコン量子コンピュータ
4. まとめ